庭と、常若と。
- shinosora77
- 4月5日
- 読了時間: 2分
先日、神宮を訪れました。
結婚10周年という節目の周年旅行。
ですが我が家には足元がふらつき始めた老犬「平゜太」がいます。
さすがに家を空けるのは難しいか、と話していたところ、
「私が世話をするから言ってきたら」と娘が言ってくれたので、甘えることに。

伊勢を訪れたのはおよそ四半世紀ぶり。
記憶に残る内宮の静謐さと、高く聳える杉木立の姿。
今回の参拝では、その記憶以上に、五十鈴川のせせらぎや神宮の森の姿に心奪われました。
おそらく、四半世紀の間に深まった歴史や國體への崇敬の思いによるものかと。
伊勢のまちでは、令和15年の遷宮に向けて「御木曳き」などの行事が始まっていました。
約1300年もの間繰り返されてきた「式年遷宮」。
20年ごとに社殿を新しく作り直すことで、生命の瑞々しさを永遠に保っていく「常若(とこわか)」という精神。200年生の檜を育て、遷宮年から遡ること8年の準備期間を経て、丁寧に更新し、繋いでいくという、日本人がずっと大切にしてきた精神であり、技を継承していく知恵です。
20年の間使われた社殿の古材は、全国各地の神社での修復などに再利用されます。
そのサイクルもまた、日本独自の精神性、内側の祈りの循環のようで美しく感じます。

神宮の荘厳な森から力をいただき、帰宅後、いつものように自宅の庭へ。
やはりここが、今の私にとって一番落ち着く場所です。
日常の大半を庭で過ごす生活を送っていると、世間とは別の世界線で暮らしているような錯覚があります。
神宮でも同じく、正宮にかかる御幌(みとばり)が風に揺れる様を、見るともなくみていると、外側からの刺激から離れ、深く内側につながる感覚がありました。
紛争、物価高騰、エネルギー不安などなど
大袈裟な話をするつもりはありませんが、「外側」で溢れる日常の安心や心の平穏を乱すニュース群。
そんな時だからこそ、「庭」という「内側」を整える場所があることのありがたさ。
旅行前は冬景色だった庭木たちも、春の雨と陽気で新芽が開き、庭に緑の色を挿し始めました。
庭も、放っておけば荒れてしまいますが、剪定や環境改善などの手入れを続け、循環を促すことで、常に新しく生まれ変わっていきます。
そう考えれば、この小さな空間にもささやかながら「常若(とこわか)」の精神が現れているようです。
立派なことは言えませんが、日々の暮らしの中で、自分なりの「常若」を実践し続けること。
それが、今の私にとってのいちばん自然な祈りであり、ライフスタイルなのかもしれません。




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