分け隔てなく。
- shinosora77
- 2025年12月20日
- 読了時間: 5分
先日、南阿蘇の作庭工事が終わり
ました。
南外輪山の屏風を背にして杵島岳を正面に、遠く東に根子岳のギザギザを望む広い敷地。
これまでに植えられていた既存木の剪定・整理を行った上で、新たに植栽を行いました。
お施主様は、コロナ禍明けから仕事がより多忙に。
以来、なかなかメンテナンスに時間を割けず、枝葉が混み合いへし合いしていく木々をいつも気にしながら過ごす日々。
今回は、全体を見渡し、各エリアをリセットしながら、元いた木々と新しく来た木々とが馴染むようなデザインのご提案でした。
ススキに埋もれ、押しつぶされたドウダンツツジ。
梢が干渉しあって暴れていたケヤキやカツラ。
冴えない疲れたお父さんを、カリスマ美容師の手でイケオジに変身させるかのように、すっきりと軽やかな樹形に整えました(協力業者「古閑舎」さんの剪定はいつも見事です)。
ご依頼の土地では、どこを掘っても阿蘇の肥沃な黒土が出てきます。
一旦身なりを整えた既存木は、この剪定のおかげで、再びのびのびと枝葉を伸ばしていってくれるでしょう。
ただ1箇所、気になる既存木がありました。
軒先に植わるヒメシャラ。
アプローチを囲む新しい植栽マウンドとつながる、今回のデザインでも肝になる存在の木です。
ヒメシャラは建物基礎のすぐ近くにあります。
アピローチの飛石設置の時から姿を見せていた、基礎造成に使われたであろうクラッシャーランの土層。
どこかで見た景色に、ふと嫌な予感がありました。
土に触れると、表土はサラサラの細かい砂礫が薄く堆積しています。
小石が散らばり、唯一伸びていた芝の根さえも、土(砂)を掴むことができず、フワフワと、弱々しく土を這うのが精一杯。
普通、よくない土壌には、その特殊な土質を好むパイオニアプランツが出てくるものですが、このエリアはまるで砂漠のよう。
微生物の息吹が感じられません。


調べると、クラッシャーランは、「粒が不揃いのため、適度な間隙(かんげき)が保たれ排水性がある」とも説明されていますが、私は否定的です。
砂状、礫状が混じった不揃いの砕石は、転圧することで隙間が細かい砂で埋められ、岩盤のようになり、水を浸透させることはありません。
敷地に降る雨は、表土のすぐ下のクラッシャーラン層を滑り、水下へ流れていきます。
水は、染み込むことも、何かをつたいさらに深い層へ浸透することはなく、ただ表土を通過して、どこかへ流れていくだけです。
かつては黒土が客土されていたのでしょうが、年々、ただ洗い流される土は、単粒化し、黄土色の砂漠に成り果てました。
作庭の最終日、新たな植栽マウンドを整え終えた後、ヒメシャラの根株近くを掘りました。
バールでガチガチのクラッシャーランをほぐし、大小の石を取り除きながら、50センチほど掘り下げ、ようやくほのかに湿り気のある土の層にたどり着きました。
掘り上げた土(砂)をギュッと強く握ると、かろうじて一つの土塊として形を保つ程度の湿り気。
路盤の下の、元あった土の湿り気がようやく感じられるように。
当日は雨に降られ、時間がない中の作業でしたが、このヒメシャラのために竹を使った浸透縦穴を作ることにしました。
あと10センチほど掘り下げ、元の土壌が出てきたところまで竹筒を差し込み、通気通水が妨げられないように、竹筒の周囲を無数の竹枝で埋めます。
これまで、一滴たりとも浸透を許さなかった路盤に、ようやく蟻の一穴を開けることができました。
軒先に立ち、5メートル近い高さのヒメシャラですから、雨水の地表への到達(樹幹流)は少ないですが、それでも地表にたどり着いた雨水は、この竹穴を通じて路盤の下の土を湿らせていくでしょう。
適度な湿気と空気の動きが増せば、少しずつ微生物の増加も期待できます。
サラサラだった砂状の土壌も、少しずつ団粒化してくれるのではないでしょうか。
作業後、ホースで竹筒に直接水を流し込みました。
竹筒を使った浸透穴の利点は、地中深く、根株の下まで直接水を流し込める、ということ。
根の下まで水が浸透しない土壌に植えられた木々は、地表の水を求めて根上がりを起こします。道路脇に植えられた街路樹が、周囲のアスファルトを持ち上げて暴れているのも、そのせいです。
竹筒の奥で、ゴボゴボ、と音を立ててどんどん水が飲み込まれていきます。
一旦地表近くまで水位が上がるものの、すぐにスーッと地下へ浸透していきます。
できることなら、ヒメシャラの周囲の路盤を全て取り除きたかったのですが、今回そこまでは叶いませんでした。
ですが、この「蟻の一穴」がどのような変化をもたらすのか、折を見て観察していこうと思います。
リガーデンを請け負う時、新しく植える木々たちが健全に育つ、ということも勿論ですが、既存の木々たちも、同じようなエネルギーで新人を受け入れ、調和していくように、と願います。
元あった木と、新しい木で、一つの風景を成すのですから。

前回、今回のブログと、期せずして建築、造園にまつわる現代工法のあり方に触れました。
決して、現代土木や造園手法を否定する意図ではありません。
ですが、このような「惨状」を目の当たりにすると、
あまりに疑問なく盲目的に施工する姿勢や、果たして、木を植えて良い環境か、などと自問することなく無責任に作業をこなす業者の在り方に、不信を募らさざるを得ません。
私たちは地方の小さな小さな造園の会社です。
私たちができることは、とても限定的で些細なことかもしれません。
それでも、手をかけ、愛情を込めて木を植えることで、水と空気と生き生きとしたエネルギーが循環する空間が広がっていく、と信じています。



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